マネージャーがやってくる!



01 マネージャーがやってくるまで。

「なあ、お前世界三大美女って知ってる?」
「あっは、なんだそれ、イキナリだな」
「今日、俺のクラスの社会の時間にちょっとそんな話になったんだよ」
「ああ、なるほどな……ま、知ってはいるけどさ、そんなの大昔の話だろ? 俺は信用できねぇな」
「それは俺も思った!」
「あれって時代ごとに変わったりしねぇのかな」
「つーか、そもそも誰が何を基準にして決めたんだろ」

ここは、氷帝学園中等部の、男子テニス部の部室。
いくらテニスが強いといえど、彼らはまだ中学生。今日も他愛ない雑談に花を咲かせてた。
特に着替えの時間などは、更衣室で誰かが自由に好きなことを喋っては誰かがそれに反応し、またひとり、またひとりと、いつしか部室はその話題で持ち切りになる。
そして今日は、いつもならそういう雰囲気に全く関わらないレギュラーの面々も、他の部員と同じ話題で盛り上がっているようだ。

「世界三大美女かあ。皆さん、知ってます?」

2年生の鳳が、シャツに腕を通しながら言った。

「アーン?」

そしてその問いに一番に反応したのは、氷帝学園中テニス部に所属する200人の頂点である、部長の跡部だ。

「そんなの、クレオパトラと楊貴妃とヘレネに決まってんじゃねーか。なぁ、樺地」
「ウス」
「え! ちょっと待てよ、小野小町は!?」

シャツに頭を通し終えたばかりの向日が、その独特な色の髪を揺らしながら、反論するように言う。

「ハッ、知らねぇのか? それが通用するのは日本だけなんだぜ」
「マジかよ! 俺、またひとつ賢くなっちまったぜ」
「つーかよ、そーゆーのって国ごとに違っていいもんなのか?」

今までのやり取りを聞いていた宍戸が、やや呆れたように言った。

「まあ、いいんじゃないですか? 日本じゃ小野小町以外は外国の人ですし、国によっては自分の国の人しか当てはめてないところもあるみたいですから、日本の三大美女は国際色豊かな方だと思いますよ」
「ふーん、鳳ってもっの知り〜。俺は授業中もいつの間にか寝ちまってるからなあ」
「……まあ、そのくらいなら、俺も知ってますけどね」

鳳の後に芥川、日吉と続く。

「ハン、そりゃ負け犬の遠吠えかよ。情けねぇな日吉」
「ち、違いますよっ……! くそっ、下克上だ……」

誰かのちょっとした発言をきっかけに、「世界三大美女」の話題はすんなりレギュラー陣の間にも広まっていた。
が、そういえば、ひとり足りない。

「……なあ、さっきからこっちの話に参加してねぇやつがいるんじゃねぇの?」
「してないと言うよりは、もう最初っから聞いてねぇって感じだな」
「アイツ、今日ずっとあんな感じだぜ。ったく、激ダサだな」
「つーか、これだけ言ってもまーだ聞いてねぇ」
「はは、もしかして寝てんじゃねーのぉ?」
「いや、お前じゃあるまいし」

3年のレギュラーが口々に罵声?を浴びせるが、やはり何の反応もなかった。するといい加減に痺れを切らした向日が、その人物の肩を掴んでぐい、と強引にこちらを向かせた。

「おい、いい加減にしろって侑士」
「……ん?」

そう、その人とは忍足侑士のことだった。
いつもならこんな話題には真っ先に飛びついてきそうな忍足が、今日は何の関心も示さないどころか聞いてすらいないということに、流石のレギュラー陣も少々驚いているようだ。

「あ、悪い……何か大事な話でもしとったん?」

忍足は座っていたパイプ椅子から素早く立ち上がると、自分もレギュラー達の輪の中に入った。

「いや、別に大事な話ってわけじゃないんですけど……」
「ハッ、お前の悪口言っても何の反応もなかったからつまんねぇなって話してただけだよ」
「は? なんやそれ」
「まぁまぁ、いいじゃねーか」

とりあえず鳳や宍戸が、今みんなで世界三大美女について話していたんだということを忍足に説明した。すると忍足は明らかに驚いて、

「そら偶然やな、実は俺も、それに近いこと考えとったんや」

と、何となく嬉しそうに言った。

「……テメェが三大美女についてひとりで何考えてやがったってんだよ、アーン?」

跡部がいかにも不服そうな顔つきで、忍足に尋ねた。忍足は、なんやその顔、と言っただけで跡部の問いに対してはすぐには答えなかったが、まぁええわ、と続け、レギュラー以外の部員達には聞こえないよう、ひっそりと言った。

「実はな、今度ウチの部に、女子のマネージャーが入るらしいねん」

その瞬間、レギュラー一同はそれぞれ驚いたり嫌がったり感激したり、マジかよと叫んでみたり。忍足はこの反応が、自分の予想と全く同じだったことを可笑しく思ったらしく、ひとり笑っていた。

「ッ……それと世界三大美女とどういう関係があるっつーんだ、あァン?」

各々なんとも言えないリアクションで自己の感情を表現していたレギュラー達だったが、跡部のこの言葉で、いきなりその場は静まり返った。
まさか、きっと、もしかして。
レギュラー陣の視線が忍足に集中する。
が、

「ま、それはコトが起きてからのお楽しみっちゅーヤツやで」

忍足はこのレギュラーの期待やら不安やらを、一瞬で突っぱねて流してしまった。

当然この後しばらく色々と問い詰められたりした忍足だったが、レギュラーの誰も、詳しいことは一切聞けなかったという。

そして数日後、レギュラー陣に必要以上の期待をさせたまま、「マネージャー」はやって来た。





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